カテゴリー別アーカイブ: 山行報告

「第9回白山神駈道登山(逆駈け)」が終わりました。

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 今年は24時間以内に踏破する「荒行」で岐阜県石徹白(いとしろ)から石川県一里野(いちりの)まで、白山信仰に想いを馳せながら一歩一歩進みました。
 それがどんなに長い距離なのか。白山をご存じの方なら、想像できるはず。昨年は2日間の「難行」で歩き、ぶじ成就。さらなる挑戦として、荒行で挑み、寝心地の良さそうな草地を見つけてごろ寝しながらの20時間。やれるもんです。37キロを歩き終えられました。しかも、昨年より元気。回復もいい感じです。
 前回の様子は「岳人6月号」に発表しましたが、この写真の女性は、その記事を見て参加してくださった方です! 嬉しい~。また、お会いできたらいいな。
 次回で、この活動は終わりを迎えます。今年は取材目的ではなかったですが、第10回は動くつもりです。主催者(73歳)の意向によるけれど、テレビ取材を入れたい。映像に残したいと思うんです。もし主催者がテレビは嫌だと言ったら、私が撮るくらいの心づもりです! 映像の技術は全くないんですけど・・まだ1年あるので。白山が開かれ人を受け入れてから1300年。歴史と山の深さ、関わる人々の今の思いを、残せるなら残したい。私は、この活動に関わって知った白山が大好きな人たちを、多くの人が愛してくれたらいいなあと思っています。

白神の記憶 3日目

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 私にとって思い出深く好きな山は、どれもこれもが、人と会った山ばかり。
 最初にいちばん好きになった谷川岳は、山岳会の先輩がたくさん連れて行ってくれて歴史を聞かせてくれたから。次に好きになった白山は、山菜やきのこをいただく楽しみを教えてくれ、信仰の山として千年を超えてふもとの人々に愛されていると知ったから。それから岩手山も好きだ。そこで会ったおじいちゃんが岩手山に年100回も登るほど好きだったり、ゴミを拾って登っていたり、宮沢賢治も登っていたと知ったから。
 白神山地も同じように、そこに暮らす人とたくさん出会えたから、すっかりもう十分好きになってしまった。

 ―3日目。秋田・青森の人の朝は早い。日の出とともに仕事を始める。朝ごはんをいただくと、Kさんのご主人は別のガイドへ出かけていった。しばらくすると伝統的な熊猟を今に伝承する目屋マタギの二人のうちの一人、工藤茂樹さん(63才)がやってきた。本日私を案内してくれるガイドさんだ。焚火に当たりながら、今日はどこへ行こうか…から話が始まり、Kさんの奥さんと3人、なんと11時まで話を続けてしまった。
 マタギは「又鬼」と書く。これは生き物を殺めて山から授かる者の覚悟が込められていて、「また心を鬼にする」という意味だ。こんなふうに茂樹さんとゆっくり話をする機会は、Kさんにとってもそうそうあるわけではないと聞いた。ああなんだか、本当に、もう一度会ってお礼を言いたい。この気持ちはどんな形で返したらいいんだろうか。
 Kさんと別れてマタギ小屋を後にし、茂樹さんと大川のタカヘグリという峡谷へ向かった。小学生にも案内するというそこは、けっこうな峡谷! 登山用語では、ゴルジュという。浅くても流れは速く、深いところは腰まで水に浸かった。スリリング。茂樹さんにはマタギ道がどこについているとか、植物の名前だとか、いろいろ聞いたのだけれど、なんかもう、そういうことは問題じゃないというか、茂樹さんファンになった私からすれば、一緒に歩いていたことを思うだけで胸がいっぱいだ。今思い返すと。それだけで十分。穏やかで穏やかで。
 マタギには資格はない。ただの鉄砲打ちでも、マタギと名乗れる。しかし一方で伝統的な狩猟をしているマタギがいて、その数はもう数えるくらいしかいない。そればかりか、世界遺産になった負の影響で、本来の伝統的な熊猟は「すでにできなくなった」と言っていい。
 もう何かがたくさん失われてしまったのだ。そのことについて茂樹さんたちはあらがうこともなく、変化に身をゆだねているように見えた。ただただ私は、こうして「古いものが失われていく」という変化の一端に触れて、どうにもできない、どうにかしたい、でも何が正しいのか分からない、悲しいような切ないような気持ちだけを持て余した。
 その日はひどく疲れて、右腕にブツブツができていた。痛くもかゆくもなかったけれど現れたブツブツに精神的なダメージを受けた。ウルシにかぶれたくらいに思うことにして、とにかく眠った。

白神の記憶 2日目

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 自分1人のためにガイドをお願いする体験が初めてだったこともあって、その2日間はひどく緊張していた。

 ―2日目、YHを出発するととても良い天気。すぐに巨大な岩木山が登場した! 岩木山は2年前に登って以来のご対面。いつ来ても本当にいい。今回はりんごの収穫が始まった時期なので、岩木山をバックに赤いりんご畑という青森らしい情景だった。西目屋村は、白神山地の北東の一端をしめる場所で、弘前市から最もアクセスが良く、青森県側のビジターセンターがある。そこでKさんと合流し、2台で大川の林道終点まで。約4キロの未舗装路で白いレンタカーが泥まみれになった。
  今日はマタギ道を使って尾根に上がり、ブナ林を巡るコース。案内人は目屋マタギの工藤さんに弟子入りされているKさん。私の体力経験から、やぶこぎを交えたきのこ探しをアレンジしてくださった。マタギ道は踏み跡程度で、水平移動はまず問題ない。でも一部の泥斜面の登下降は、一般道しか経験のない人には厳しいと思った。途中の道なき移動では、ブナ林の大斜面を木につかまりながら100mくらい下った。これは沢登りのレベル。
 Kさんは北東北と北海道の山をずっと登られているので、私が白山のブナ林と比較すると、興味深そうに聞いてくださった。Kさんは動植物を詳しく教えてくれて、薬草になるものなどは味見もさせてくれた。初めて出会うきのこも多かった(写真はマスタケ)。マタギは、食用キノコを見つけたからといって不必要に採らないし、時期を過ぎていれば、やはり採らない。それは山菜でも、熊猟でも同じだそうだ。そういう理由で目屋のマタギは熊猟を春先の最も熊猟に適した10日間しかしないそう! 1頭も狩れなくても、ピシャッと猟をやめるという。時期を外した狩りや収穫はただの殺しと変わらないという。この日は若いヒラタケだけ採取した。
 マタギ小屋に戻ると、Kさんの奥さんが食事を用意してくださっていた。津軽の豊かなごちそうを手に焚火を囲み、マタギ小屋で眠った。

白神の記憶 1日目

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「人に会いに山に行く」。
 白神山地で見つけた、自分のテーマ。

 ―1日目、マイルを使って中部から秋田空港へ。大慌てで10時に原稿を発送しての荷造りで家を飛び出した。空は小雨。小型スーツケースと60Lザックにぱんぱんに荷物を詰めて、息絶え絶え。プロペラ機(!)だった。
 秋田市上空から黄金色の大地を一望できて、日本海側にやってきたと実感する。空港からは予約していたレンタカーに乗り込み、16時半すぎ、本当に一人になって弘前市内のYH(ユースホステル)に向かった。高速のSAは中部のようなにぎわいがなく、そもそも車が少ない。長いトンネルを1台で走っていると心細くなった。たいしたラジオが入らないのは予想通り。CDを持ってきてよかった。
 20時過ぎ、長い運転をへて弘前YHに着くころ、明日ガイドをお願いしているKさんから電話が。天気が悪いので、出発を8時から10時に遅らせようというお話。疲れていたので、渡りに何とやらだった。YHには一人旅の学生3人がいて、2人の女子とおしゃべりしながらのビールとつまみには癒された。

2つは同じきのこで、タマゴタケ。

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でも右を見つけたときは、ベニテングタケだと思った。
ベニテングタケは、「マリオが食べると大きくなる赤いきのこ」が現実世界に現れたようなやつで、真っ赤なカサに白い水玉模様がついているもの。マリオは大きくなるけど、現実世界では幻覚作用のある猛毒きのこだから注意! といっても、私レベルではお会いしたことすらない。
今回見つけたタマゴタケは水玉模様がなく、全体が黄色身を帯びていて、卵の殻のようなツボが特徴の食用きのこ。すんごくおいしいって。
左(幼菌)は食べてみたいけど、右はどう見ても毒キノコっぽいよなぁ……。カサが反り返ってる感じとか、ぴらぴら垂れてるツバとかヒダがむっちゃ悪役ぽい! そういう「イヤな感じ」がするなら食べない方がいいと先輩に教わった。
うーん、きのこの投稿はマニアックすぎる。

雨雲が11人を導いた。

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予報はハズれて、東京組の女の子3人と別れ、宝剣岳をこえた頃から霧が濃くなり強風と小雨に打たれるように。行けたら空木岳と考えていたけれど中間地点の桧尾避難小屋に12時頃かけこんだ。
ここから下山するか停滞するか? ――外は雨だし、とどまることにした。すると次から次へとやってくる1~2人のパーティたち。定員10人程の避難小屋は、夕方には11人詰め込まれてギュウギュウになった。日曜日のよる、避難小屋を目当てにやってくる物好きたち。それは、面白い人物ばかり(笑) 植物調査で今日から10日間ここに滞在するという岐大の男の子や、屏風岩の雲稜ルートも登ったという関西のおじちゃん、5日間かけて中央アルプス全山縦走するという若い単独女性。私たちだって、タスマニアのおしゃべり青年に、雨のなかスケッチに出かける真子画伯と、役者はそろってる。
山が好きで今ここにいるという共通項。ほんの数時間で、疑似家族みたいになってた。その単独女性はほんとは英語ペラペラなのに翌日の朝まで正体を隠してたり(笑)こんな避難小屋体験は初めて。雨雲が11人を導いた。山ではときどき、こんな出会いがあります。

東京新聞発最後の「岳人」に載った!

岳人写真倶楽部に抜戸岳の記録が載りました。やった! 仕事ではなく、投稿が載るのは、違う嬉しさがあります◎ しばらく山行けないのは、「山渇き度」が0にならないってのもありますが、仕事が(ポジティブに言えば)充実しているってことでもあります。全部で250ページ以上作るという案件は、まだ30ページ。情けない。受けた私、やるしかないのよ。この低速はまずいので今週も登山ナシィ>< ちなみに山系の仕事は3割程度。昨日は久しぶりに芸能事務所に取材依頼。引き受けてくれるかな? 腕の見せ所!?

沢はじめは北陸で有名な桧谷

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女2・男3の5人パーティもめずらしくて、たくさん笑った梅雨の晴れ間でした。クライミングあり、木登り&高巻きあり、スライダーあり、山菜&毛虫やヘビもあり。平和な谷と見せかけて、へろっへろです。やっぱ沢登りってすごいや!