私にとって思い出深く好きな山は、どれもこれもが、人と会った山ばかり。
最初にいちばん好きになった谷川岳は、山岳会の先輩がたくさん連れて行ってくれて歴史を聞かせてくれたから。次に好きになった白山は、山菜やきのこをいただく楽しみを教えてくれ、信仰の山として千年を超えてふもとの人々に愛されていると知ったから。それから岩手山も好きだ。そこで会ったおじいちゃんが岩手山に年100回も登るほど好きだったり、ゴミを拾って登っていたり、宮沢賢治も登っていたと知ったから。
白神山地も同じように、そこに暮らす人とたくさん出会えたから、すっかりもう十分好きになってしまった。
―3日目。秋田・青森の人の朝は早い。日の出とともに仕事を始める。朝ごはんをいただくと、Kさんのご主人は別のガイドへ出かけていった。しばらくすると伝統的な熊猟を今に伝承する目屋マタギの二人のうちの一人、工藤茂樹さん(63才)がやってきた。本日私を案内してくれるガイドさんだ。焚火に当たりながら、今日はどこへ行こうか…から話が始まり、Kさんの奥さんと3人、なんと11時まで話を続けてしまった。
マタギは「又鬼」と書く。これは生き物を殺めて山から授かる者の覚悟が込められていて、「また心を鬼にする」という意味だ。こんなふうに茂樹さんとゆっくり話をする機会は、Kさんにとってもそうそうあるわけではないと聞いた。ああなんだか、本当に、もう一度会ってお礼を言いたい。この気持ちはどんな形で返したらいいんだろうか。
Kさんと別れてマタギ小屋を後にし、茂樹さんと大川のタカヘグリという峡谷へ向かった。小学生にも案内するというそこは、けっこうな峡谷! 登山用語では、ゴルジュという。浅くても流れは速く、深いところは腰まで水に浸かった。スリリング。茂樹さんにはマタギ道がどこについているとか、植物の名前だとか、いろいろ聞いたのだけれど、なんかもう、そういうことは問題じゃないというか、茂樹さんファンになった私からすれば、一緒に歩いていたことを思うだけで胸がいっぱいだ。今思い返すと。それだけで十分。穏やかで穏やかで。
マタギには資格はない。ただの鉄砲打ちでも、マタギと名乗れる。しかし一方で伝統的な狩猟をしているマタギがいて、その数はもう数えるくらいしかいない。そればかりか、世界遺産になった負の影響で、本来の伝統的な熊猟は「すでにできなくなった」と言っていい。
もう何かがたくさん失われてしまったのだ。そのことについて茂樹さんたちはあらがうこともなく、変化に身をゆだねているように見えた。ただただ私は、こうして「古いものが失われていく」という変化の一端に触れて、どうにもできない、どうにかしたい、でも何が正しいのか分からない、悲しいような切ないような気持ちだけを持て余した。
その日はひどく疲れて、右腕にブツブツができていた。痛くもかゆくもなかったけれど現れたブツブツに精神的なダメージを受けた。ウルシにかぶれたくらいに思うことにして、とにかく眠った。
