
サッと雲が晴れて、ワー!って思わず声上げてかけだすような山は、久々でした。どん欲に天気を吟味していったかいがありました。
稜線で気持ちよく晴れたのは、10時まで。私たちはそのギリギリ、30分くらいに間に合いました。登りたったの2時間。山ガールに人気の、雪山入門コース。そりゃ、人気だわ!!!!! 納得するしかない。
※写真補正ゼロで、これ!素材がよければ、写真の腕も高性能なカメラもいらんのか!

サッと雲が晴れて、ワー!って思わず声上げてかけだすような山は、久々でした。どん欲に天気を吟味していったかいがありました。
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取材のお仕事してきました!
『山と渓谷』2022年1月号「私の好きな日本アルプス」特別鼎談と、研究者インタビューです。66〜69ページ。 12月15日発売してます!
鼎談のゲスト3名は、山岳ライターの小林千穂さんと、甲斐駒ヶ岳七丈小屋の斎藤しのぶさんと、光岳小屋の小宮山花さん。カメラマンの秋山さん含めて、女性が集まった企画でした。
撮影で利用する場所の名も、女神の森✨🎀✨絶対楽しいと思ったので「やります!」と飛んでいきました。3名の意外な共通点や出会いがあって、体験があるからこそ語れるリアルな山の面白さを書くことができたと思います😊
研究者インタビューは、高山植物および南アルプス山岳地の専門家の増澤武弘先生から、荒川三山についてふかーーく掘り下げておうかがいしています。周北極植物って言葉も、荒川のお花畑で普通に咲いてると言われたチョウノスケソウという花も初めて聞くことで、先生の本を片手にめっちゃ勉強(笑)しかし、私が短い文章で絶対に落としたくなかったのは、先生が自分で「科学者らしからぬことを言う」と前置きした、「花畑が輝く」という話でした。原稿にはそう書きませんでしたが、先生はいま、「どのお花畑も輝いていない」と言われました。45年前には輝いていたのが、今は輝いていないと。シカやサルの食害、酸性雨、温暖化、人間による盗掘で、高山の花畑は輝ける状態ではなくなっている、ということだと思います。リニアを通すのも影響が心配ですね。そうした科学的な議論を求められる研究者が、詩人のように、本来の花畑は輝くんだ!と語られたことに私は研究者の魂を見たのでしたー。(リニアのアセスについて大変そうで、この取材は楽しい話だよワハハと笑ってました)
さて、私は北岳から塩見岳までしか縦走したことがないです!核心の南部がまだ!有名な黒戸尾根も鳳凰三山もまだ!
今回のキーとなったいずれも南アルプスの甲斐駒ヶ岳や荒川岳や光岳、行かねばなりません(笑)行きたいところが増えて、幸せです😊💕

今年数えで3歳と7歳になる子どもたちの七五三が無事に終えられました!
ほぼドンピシャの11/14(日)にお祝いしましたが、それほど混まずに天気もよく、子どもたちも機嫌よくしてくれました。気づいたらまた1か月以上更新せずだったので、七五三シーズン終わってしまいましたが。メモ。
お姉ちゃんの3歳のときの反省を踏まえて、息子クンは最初からスニーカーで(笑)お姉ちゃんはもう大きいので、着物を着られることが嬉しくてはじめからノリノリでした。さらに日本髪にしてもらいました。
着物は、夫がお宮参りで羽織っていた産着を息子クンに着せ、夫の妹さんが3歳で着たという着物を借りて娘に着せました。娘の帯や小物がなくて困っていたら、私の幼稚園時代からの同級生の友達が貸してくれると申し出てくれて、ほんとにありがたく、借りることができました❣️
着付けは国府宮神社の近くの着物屋さん頼り。なんと、私の着付けも子どもたちの着付けも、サービス……親切すぎません!?支払ったのは娘の足袋&草履代4000円だけです。髪飾りも着物屋さんが貸してくれて、娘の髪のセットは美容院を紹介してくれて1800円という!
でも着物がやや汚れたので、2つクリーニングに出して合わせて1万円くらい。着付け代サービスだったと思えば安いかな〜
子どもの次の行事は、来春の娘の入学式かな🌸また私着物きちゃう?やっぱり和装は清々しいですね。
子どもを連れて秋の紅葉クライミング🍁
・フクベ上流エリア(母子3組で)
・恵那笠置里エリア(母子2組で)
・恵那笠置電波塔尾根エリア(母子2組で)
パパのいない休日。山好きなお母さんが、一人では子どもを持て余して、一緒に連れ出して遊ぼー!っていうのは賢い選択でして。岩触って遊んでるだけでも、1日いればなにかしら得るものがある〜
もともと初心者グレードしか登れてなかったから、8年ぶりに来ても登れる課題はさして変わらなかった(笑)ある意味衰えてないw
写真にいる奥の赤ちゃん連れママさんはなんと初段登ってきたんだって!(私が登れるのが全力ガチでせいぜい5級、ウソです盛りました、7級笑)できる母はブランクとか関係ないのね!カッコイイわ❣️他にも子連れ夫婦がいて、子どもいても登りにくる親は少なくないと見た。
里エリアのチャイルドロックって岩は息子2歳も登れた。このところ山遊びに消極的で泣かれることが多いけど、しばらく付き合ってくれるといいな〜。娘5歳は小2の友達とSwitchやってテントから出てこない🤣


目的は古道調査で杉山さんは3回目。
今回は岩窟に建立された岩井堂(拝殿)に到る、村人が往来したであろう道を踏査した。新たにとむさんにも仲間になってもらった。
プロジェクトの趣旨をおさらいすると、
・明神洞という険しい谷のただなかに岩井堂(明神社)があるが、徒歩で行くことは不可能。急な藪尾根や滝の数々を越えなければ見ることもできない
・江戸時代には岩井堂があり、明神大神が祀ってあった。一説によると1200年前から…と書かれているが怪しい。500年前という記述もある
・岩井堂には戦後まで雨乞いなどの霊験にあやかる神事で里の人が来ていたが、山での生活が厳しくなり離村する人が増え、ダム建設で環境が大きく変わったことがだめ押しとなり、平成になると村人の往来は全く途絶えた
・現在、岩井堂の拝殿は残るが、「道」は忘れられてしまった。古老に聞き取りをしたり、今回の踏査などをしたりして、歴史を掘り起こそうとしている
・現存する拝殿は、昭和56年の写真にも写っている。現地にある石碑には昭和初期の年月で富田金明(金明行者)により建立となっているが不明なことが多い
同行のとむさんは、明神洞から下流にある下大須の出身。下大須には「平木さん」が多く、岩井堂の雨乞い神事の際に先達(せんだつ)として案内に立ったらしい。とむさんも平木。今は亡くなられたお父様やおじい様が、かつて岩井堂に行ったことが現実にあったかもしれず、まさにファミリーヒストリー!
さて、本題。3人で、昭和56年の本の記述を元に考えられるルンゼから尾根を登った。黒く変色したロープや赤布があったのでおそらくビンゴ。慎重に最後の岩壁を登ると、明神洞を見下ろす尾根に立つことができた。岩盤でできたリッジで、すばらしい眺望だった。そして本に書かれた通り、岩井堂を真下に遠望できた。
しかしそこからが問題だった。記述の通りに谷に下降して登り返してみたが、一般の人にはまるで無理だろうという内容だった。下降ルートが違う?と思い、別の尾根、別のルンゼも検討はしたものの、記述や地形と照らし合わせるとやはりここ。周囲は大岩壁の立ち上がる壮絶なゴルジュであって、たまたま岩壁を短い高低差で乗り越せる弱点が、岩井堂から直線距離で50mくらいの地点にあるのだ。正解である可能性が相当高い。
この厳しい登下降がかつての村人の道だったならば、私たちは村人が岩井堂に向かう覚悟を「舐めていた」!
正直、普通の人が努力すれば行けるルートなら、自分たちなら余裕だろうと思っていた。登攀具があって山慣れもしている。それが、全然余裕じゃない。けっこう、いや、マジで危険なレベル。岩がチャートでとにかく脆い。今回も落石するシーンが3回はあった。二足歩行できる場所がほぼないので、岩か灌木を頼らないとならないのに、岩はボロボロ剥がれるわ、枯れ木は頼りないわ、苔は滑るわ……
明神洞からの登り返しはアルパインクライミングの世界だった。ちょっと下降ポイント間違えた気がするけど、それにしたって。
雨乞い神事、霊験にすがるというのは、命を危険にさらすくらいの覚悟だったのか。三人とも脂汗浮かべながら、岩井堂を往復した。落石くらわなくてよかった……外道クライマーに大概しごかれててよかった……
明神洞への下降ポイントは、やっぱりちょっと腑に落ちない。ムリすぎる。そこから赤布がなくなるのも「?」。リッジを上へ移動して、他の可能性がないかまた探りたいな……って何回明神洞に行くんだろ!(笑)
この週末はとても暖かく、絶好の沢日和だった。調査は続く!
数えで下の息子が3歳、上の娘が7歳になるので、来年に延ばすか?今年お祝いするなら衣装や写真などはどうするか?とここ最近考えていました。夫がお宮参りで着た着物、夫の妹さんが七五三で着た着物があり、それを近くの着物屋さんに持ち込むと…
持ち込んだ着物はちょうど子どもたちの七五三に使えるそう。仕立て直しも着物屋さんでやってくれて、用意のない息子の袴や雪駄も貸してくださるって。説明を聞くまで、お宮参りで着る着物(産着)が3歳の七五三では着せられることを知らなかったし、5歳や7歳では着られないことも知らなかった!
こんな話を聞いていると、もう段取りができちゃったので、今年11月に七五三祝いをすることにしました。
あとは娘の帯とはこせこセット(かばんや草履や髪飾りなど)がありません。新品を買うと2〜3万と高価💦で、私のときのは?と母に聞いたら……
当時は母方の実家が買ってあげる風習だったので、私の着物は母方の祖父母(母の両親)が買うものだったけど、当時祖父(母の父親)が病気で亡くなったばかりで大盤振る舞いはできなかったそう。そこで私の父方の祖父母が、嫁いだ娘の子(私のいとこ)に買ってあげた着物を、真理に貸してやってと頼んで、着させてもらったらしいのです。
聞くといろいろ事情があったんだなぁと。30年以上の時を越えて再びこの小物類を貸してほしいと頼むか、中古市場でよいものを探すか、新品を買うか?

奥美濃の秘境ともいえる「明神洞」に行ってきました。本巣市の杉山さんと2人です。洞というのはこのあたりの切れ込んだ谷を指すようです。
以下、事の経緯を記録しますので長文。
明神洞はかなり特別です。まず入口に15mの明神滝が門番のようにそびえたち、その先には狭く左右に曲がりくねった回廊が続き、側壁は高いところで目視100mにもなるV字の渓谷。普通、中を見ることすら叶いません。周辺の沢と全く異なる渓相、なぜこの明神洞だけこうなのか。ごく限られた人しか入れない場所なので、実際よくわからないことが多い気がします。
こんな特異な谷のなかに、修験者の祠があります。一体どうやって入ったんでしょう……。巨大な岩室の中に石組の祭壇があり、地元では「岩井堂」と呼ばれているそうです。昭和50年代まで実際に人が尾根を乗越して、雨ごいの神事のために来ていたと。
杉山さんは、ウェブ上の遡行者の写真から岩井堂の様子を見ていたわけですが、みずからも岩井堂の歴史や文化を記録したいと、まず古老に話を聞いたり残された書物で調べたりされていました。
そして8月、単独で、目をつけていた藪尾根から山を一つ越えて明神洞の安全圏である上流に入ったわけです。しかしすぐにゴルジュと滝に阻まれて、再び藪を漕いで引き返しました。もう一度ここへ来ることはあるのだろうかという絶望感がにじみ出ていて、「岩井堂への下降路は完全に違っていたことだけは収穫」と書かれていました。
私は杉山さんの大胆な行動に心底驚きました。少なからず明神洞のことを知っていたので、普段沢登りをしない方が、ましてや明神洞を単独では危険。無茶といっても(失礼ながら)仕方ない。でも本気だから可能性にかけて行くんですよね。だったら、私が手伝いたい。自分が同行し、下降なら行けるかもしれない。と思ってしまった。ただ人の手を借りてでも岩井堂を見たいかは分からないし、私がお役に立てる確証もない。言い出すか迷いました。
宮城さんに迷っていることを話すと、頼まれたと思ったようでそれはガイド案件(5万)と言われ、いや、勝手に私が杉山さんを手伝いたいと思っただけで、明神洞が課題なのは私も同じだと覚悟します。今年行くなら季節がギリギリなので、すぐ杉山さんに連絡し、9月25日に挑戦することに。
杉山さんいわく「初老とママさんコンビ」。とにかく安全第一。杉山さんは私に絶対ケガさせられないと相当気負っていらして、また私の方も明神滝を登らないとしても難渓であり、誰かに頼って登らせてもらう山行ではないので、今回ばかりはつぶさに遡行記録をチェックしました。
ところが調べれば調べるほど恐ろしくなる(笑)知れば知るほどヒリヒリする谷で、行く2日前は夜眠れないほど(笑)
でも結果的には、最初に感じた「行ける可能性が十分ある」と思った通りで、大きな成功要因となったのは、私の予想以上に杉山さんが岩登りやロープの扱いに慣れていたことでした。なので、ほぼすべての滝で杉山さんが先頭に立ってリードしてくださり、私はのんびりと安心して後ろからついていく形でした。
念願の岩井堂はちゃんとありました!
高巻き、クライムダウン、懸垂下降、泳ぎをしながら、計画よりも2時間オーバーしましたが、着実に明神洞を下降。しかし最後の15m明神滝だけは、懸垂下降をミスした人物は死にます。絶対に間違いなくセットして、下りる。全行程でここが一番死んでもおかしくないと冷静に自分を見つめました。
行く前は、杉山さんについていくのを理由に明神洞を見たいだけだったけれど、遡行して内部の景観を見たり滝を攻略していったりするにつれ、何かすごい現場に居合わせているという気持ちが強くなりました。地元本巣には修験の山が3つあるそうです。その一つが明神山。地元で暮らす杉山さんが岩井堂を参拝したということが、言葉がうまく選べませんが、すごくいい話じゃないかなって。
やっと新しい家が現実味を帯びてきました
戸建てを持つかしらと思った2人目の産後、ゼロからの選択の連続。コロナ禍の打撃。相談させていただいた皆さんにはアドバイスなどありがとうございました。
最近アウトドア好きな同世代の友人らに家を建てることについて聞くと、いつかは山に近い長野に住みたいとか、二拠点生活したいとか、固定資産税払い続けるのに抵抗があるとか、「自由でいたい」という声が聞けました。
自分も正解は分からないし何でも希望通り選択できたわけじゃないけど、庭と畑に囲まれた戸建てで、まだ小さい子どもを育てながらの生活になります。引越しは来年3月で、長女の小学校生活も同時にスタート。息子は転園となります。親にとっても変化大。
隣に畑が180坪くらいあるんですよ……(訂正:有効150坪くらい)
引っ越したら耕運機とか草刈機とか買うつもりだけど、農作業なんてシロウトなので。とりあえず農業委員会に怒られない程度に草刈りして「やってる感」を出そうと思ってます。
庭はまっさらな状態で引渡しとなるので、新築祝いをいただく際は「苗木、植木」でもいいですよ(笑)しれっとアピール……。庭も勉強すると奥が深そうで、どうしよう。子どもらには、こういう家の仕事を手伝ってくれたらお小遣いをあげる制度にしようと思ってます。
建築面積27坪。延床33坪+ロフト。小さな家だけど泊まってもらえる客間はありますよ!🥰