奥美濃の秘境ともいえる「明神洞」に行ってきました。本巣市の杉山さんと2人です。洞というのはこのあたりの切れ込んだ谷を指すようです。
以下、事の経緯を記録しますので長文。
明神洞はかなり特別です。まず入口に15mの明神滝が門番のようにそびえたち、その先には狭く左右に曲がりくねった回廊が続き、側壁は高いところで目視100mにもなるV字の渓谷。普通、中を見ることすら叶いません。周辺の沢と全く異なる渓相、なぜこの明神洞だけこうなのか。ごく限られた人しか入れない場所なので、実際よくわからないことが多い気がします。
こんな特異な谷のなかに、修験者の祠があります。一体どうやって入ったんでしょう……。巨大な岩室の中に石組の祭壇があり、地元では「岩井堂」と呼ばれているそうです。昭和50年代まで実際に人が尾根を乗越して、雨ごいの神事のために来ていたと。
杉山さんは、ウェブ上の遡行者の写真から岩井堂の様子を見ていたわけですが、みずからも岩井堂の歴史や文化を記録したいと、まず古老に話を聞いたり残された書物で調べたりされていました。
そして8月、単独で、目をつけていた藪尾根から山を一つ越えて明神洞の安全圏である上流に入ったわけです。しかしすぐにゴルジュと滝に阻まれて、再び藪を漕いで引き返しました。もう一度ここへ来ることはあるのだろうかという絶望感がにじみ出ていて、「岩井堂への下降路は完全に違っていたことだけは収穫」と書かれていました。
私は杉山さんの大胆な行動に心底驚きました。少なからず明神洞のことを知っていたので、普段沢登りをしない方が、ましてや明神洞を単独では危険。無茶といっても(失礼ながら)仕方ない。でも本気だから可能性にかけて行くんですよね。だったら、私が手伝いたい。自分が同行し、下降なら行けるかもしれない。と思ってしまった。ただ人の手を借りてでも岩井堂を見たいかは分からないし、私がお役に立てる確証もない。言い出すか迷いました。
宮城さんに迷っていることを話すと、頼まれたと思ったようでそれはガイド案件(5万)と言われ、いや、勝手に私が杉山さんを手伝いたいと思っただけで、明神洞が課題なのは私も同じだと覚悟します。今年行くなら季節がギリギリなので、すぐ杉山さんに連絡し、9月25日に挑戦することに。
杉山さんいわく「初老とママさんコンビ」。とにかく安全第一。杉山さんは私に絶対ケガさせられないと相当気負っていらして、また私の方も明神滝を登らないとしても難渓であり、誰かに頼って登らせてもらう山行ではないので、今回ばかりはつぶさに遡行記録をチェックしました。
ところが調べれば調べるほど恐ろしくなる(笑)知れば知るほどヒリヒリする谷で、行く2日前は夜眠れないほど(笑)
でも結果的には、最初に感じた「行ける可能性が十分ある」と思った通りで、大きな成功要因となったのは、私の予想以上に杉山さんが岩登りやロープの扱いに慣れていたことでした。なので、ほぼすべての滝で杉山さんが先頭に立ってリードしてくださり、私はのんびりと安心して後ろからついていく形でした。
念願の岩井堂はちゃんとありました!
高巻き、クライムダウン、懸垂下降、泳ぎをしながら、計画よりも2時間オーバーしましたが、着実に明神洞を下降。しかし最後の15m明神滝だけは、懸垂下降をミスした人物は死にます。絶対に間違いなくセットして、下りる。全行程でここが一番死んでもおかしくないと冷静に自分を見つめました。
行く前は、杉山さんについていくのを理由に明神洞を見たいだけだったけれど、遡行して内部の景観を見たり滝を攻略していったりするにつれ、何かすごい現場に居合わせているという気持ちが強くなりました。地元本巣には修験の山が3つあるそうです。その一つが明神山。地元で暮らす杉山さんが岩井堂を参拝したということが、言葉がうまく選べませんが、すごくいい話じゃないかなって。