モゾモゾ・ウゴウゴしている

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 親しい間柄のとき、「おなかの子はパンプキンといいます」と自己紹介しています。その後の相手の反応が面白い。ここ数年で子どもが誕生した夫婦や、兄弟姉妹の出産を間近に知る人などは、“パンプキン”と愛称をつけられた存在に対して興味を示してくださり、話が弾む。一方で、そんな紹介はなかったかのような反応の人も。おなかに別の生命体がいることそのものを認識していない、といった方が適切かな。

 「妊娠していること」と「おなかに生命体が宿っていること」は、私自身、妊娠当初は取り立てて騒ぐほどの違いではなかったのに、今は別のことに思うのです。前者は妊婦を表現していて、後者は赤ちゃんを表現している。それで、たまにパンプキンを紹介しても反応を得られないとき、その場の空気に従うと、私がおなかに向かって話しかけたら幽霊に話しかけているようで変な人になります。だからその場ではパンプキンがいないように私も過ごします。しかし、これがものすごい違和感なのです。なにせ普段は彼女/彼と、寝る時も風呂入る時もトイレ行く時もいつも一緒にいるので。彼女/彼の存在に触れないで過ごした後、「さっきはずっと無視しててゴメンね」と、やっぱりおなかに向かって話しかける人に戻るのです。妊婦って、やっぱヘン?

 私自身、これまで妊娠した人の様子をつぶさに知る機会はなく、そんな世界があることを知らなかった。これは夫も全く同じで。今は彼なりに「おなかに話しかける嫁」を面白がって観察しているよう。でも独身の頃に女友達から「おなかの子はパンプキンといいます」などと言われたら、彼は理解不能どころか頭がおかしくなったと思っただろう。
 そういう、世の中的には不思議な生き物として存在する10か月を経て誕生するのね。おなかは意外と弾力があってかたく、ぎっしり中身が詰まっている手触りで、私が体勢を変えると彼女/彼も合わせて「よいしょ」と体勢を変えているみたい。いつもモゾモゾ・ウゴウゴしている。しゃべらないし目には見えないけど。もしおなかの中から声を上げ始めたら、それはちょっとホラー(笑)

 それで、今8か月。妊娠後期に突入です。昨日久しぶりに打ち合わせで外出したら、話す途中で息継ぎが必要で驚きました。息が続かない! そういえば先週のハイキングもなんてことない登りでゼイゼイしてたけど、あれも息切れだったのか。心臓から運び出される血液量が1.5倍になっているらしい。幕営装備や登攀具を背負って雪斜面を登るときの息切れとは、なんか違う…。写真は9月の連休に出かけた岐阜・石徹白の白山中居神社。第10回白山神駈道を踏破した皆さんを出迎え一緒に過ごしましたよ。