狩猟に関して何も知らない

IMGP5891-1

 生き物が狩られ、解体され、ブロック肉に分けられ、それが調理されて、自分が食べているという流れや現場を目の当たりにして、自分が動揺するようなことはなかった。意外と平気だった。どうだろう、普通はどういう反応をするんだろう。岡山県の高梁(たかはし)川上流、新見市哲西(てっせい)という町に暮らす猟師さんに会うことができた。FB(※同時にそちらにもアップしている)は情報を取捨選択しづらいツールなので、この写真をアップするか、ためらわなかったわけではない。ただリアルさも伝えたくて、あえて出すことにした。私が、解体まで冷やされていた猪を見つけて、じーっと観察していたら、猟師さんはフォークリフトを動かして80kgサイズの猪を吊り上げて見せてくれた。それはほんとに巨大な動物そのままの形で、顔は眠っているようだった。しかし吊り上った猪がクルリと回転すると、おなかにスッパリ裂け目があり、脂肪がのぞいていた。
 猟師さんは、解凍したばかりの猪の肉を煮たり焼いたりして食べさせてもくれた。日頃自分が食べている「お肉」と比べて、劣ることは何もない。とくにしゃぶしゃぶのようにして食べる鍋は、肉がやわらかくてとてもおいしかった。食べさせてもらいながら、いくつかの話もうかがうことができた。狩猟にまつわる制度であったり、仲間たちのことであったり、ジビエを無駄にせず活用するための課題であったり。大事なこと――猟師が狩りをする根源的な「欲求」も、一つ二つの単語から触れることができた。
 私は、狩猟に関して何も知らないのだと、無知を痛感した。身近に猟師がいるわけでもなく、巨大化して増えた猪の被害を身近に感じているわけでもない。だから、いろいろ知らないことについて、どこから聞いていったらいいか、戸惑う部分もあった。しかし無知だと分かったのは、いい経験になった。
 「野のものを食べるちゅうには適正な食べ方があるんや」。その言葉の意味を、一つ一つうかがったけど、本当に理解できるには、まだ何度か足を運んでお話聞かなければならないかもしれない。
 この出会いをコーディネイトしてくださったのは、清里ミーティング2014がきっかけで知り合った、岡野さん。案内することを快諾してくださって、ありがとうございました! 高梁川流域の人や自然をつなぎ合わせて、もっともっと流域の人同士が理解し合い、活発に交流できたらと、日々(文字通り)走り回っていらっしゃる! 地域に埋没する資源を見出して、人々の共感を得ながら価値ある形に変えていく。それは私の身近な地域でも、他人任せにしないでやるべきことかもしれない。