月別アーカイブ: 2019年4月

心の普遍言語である数学

数学者の取材をすると以前書いた。正確には数理科学者と書くべきだったのだけれど、脳の情報処理のしくみをカオスという無限を内包した超越的ともいえる概念から40年来探求している教授の原稿化に、いまだに取り組んでいた。教授の研究は私が担当した中では抽象度や難解さが別格で、どんなに言葉や文字を追っても到底理解できなかった。それでは仕事にならないので、何とかして書き終えた。

この先生は熱心なだけでなく丁寧でマメでもあるのだろう、分からない言葉を先生の名前と共に検索するとPDF文書や記録が多くヒットする。研究会や市民講演会、サイエンスカフェなどで話した内容が先生の手で講義録になって、何十個とある質問に対して長文で回答した結果が公開されているなど。研究の世界に閉じない姿勢がすごい。

著書は難しくてはじめほとんど読めなかった。読めるようになってくると、海外の研究者との笑い話とか、例えばDNAの二重らせん構造で有名なクリックに対して「歴史上の人物ではなくまだ生きている」という説明を加えたり、カオスに批判的な研究者に対して「冷静には書けない」と感情をちらつかせていたりすることが面白くて、先生のファンと言って差し支えないくらい先生の言葉を読んだ。
同じような感想はネット上のレビューでもよく見かけ、「ものすごく重要なことが書いてあると思って年に一度でも読もうと開くけれどいつも理解できないが満足している」とか。笑

進行が遅れているので覚悟して教授にメールを入れた。これだけの文書を読んで理解しようと努めているが私にはとても難しい仕事だったということを書き添えたら、「大変苦労され読み込んでおられるようで感謝しています。原稿を楽しみにしています」というお返事が数時間のうちにあった。これにまた感動した。
松岡正剛に書評で「天才なんだと思っている」と書かれるような教授は、モチベーションの塊で、だから知りたいという気持ちにも丁寧に答えてくださった。理解ができなくてもまた先生の話を聞いてみたい。という私の仕事のお話。


▲カオスの構造の中に埋め込まれているフラクタル図形を葛飾北斎が描いていた、という話。エッシャーの「天使と悪魔」という絵にもフラクタルがあり、数学的な証明を見せてくれた。

親子登山、抱っこナシで頑張った

金華山、東坂~七曲。もう何回歩いたという定番周回ルートを、4か月ぶりに娘と。前回より上りが30分多くかかった。しかし何といっても、抱っこせずに全部自分で歩ききった、えらい! 約3キロ、標高差250mでした。

今回は見晴らしがいい岩場の崖ルートを選択。四つんばいになって登ることを「恐竜とかライオンさんみたいに」と説明したら、「ハイハイでしょ」と的確な表現で訂正されてしまった。娘にとっては二足歩行よりも安全なうえに楽しいみたい。おかげで高度を稼ぐところが案外スイスイいけた。
抱っこはしてもらえないことが分かっていて、「危ないところと高いところでするんでしょ?」とこれも説明してくれた。

この4か月でも、モチベーションを上げるための引き出しが増えた感じ。それだけ知識が増えて賢くなっているってことだよなあ。プリキュアに例えるとか保育園で覚えた好きな歌を歌うとかにも成長を感じる。3回転倒してひざ痛かっただろうに、最後は「お母さんと手をつないで歩けば転ばない」と覚えたようだった。歩き通してえらかったなあ。

二週連続で象鼻山

4月7日の象鼻山でした。満開ちょい過ぎと思ったけど写真で見ると手前だったのかな。花が咲いてみて分かったけど、昨秋の台風の影響で大きな枝が何本も折れている様子。淡墨桜も被害があってたいへんだったそうだ。ここもだ。来年もきれいに咲いてくれますように。

桜が散りはじめると物寂しさを感じる。あと1か月もしたら茶色だった水田が一面鮮やかなグリーンに変わるはず。今からそれが楽しみ。

天気のよかったこの土曜は各務原自然遺産の森から八木山北尾根を一人で歩いた。ヒカゲツツジは終盤、イワカガミはこれから。ソロ登山は8か月ぶりだった。荷物の少なさ、自由さ、自分のためだけに山を登れる新鮮さにひどく感動した。仕事がたまっているけど、もっと思い切って山に行かなければと、行かなければ、行くんだと、思って、ここに書き留めようとしている。