カテゴリー別アーカイブ: 山行報告

子連れアイスクライミング

母と娘の「子連れアイスクライミング」しました!!!!

あゆこさん&娘ちゃん小2、私&娘年長さんで。ある意味これは親子登山の集大成になったなぁと感慨深い。至高の子連れ登山ですね。子連れ海外登山とか長期トレッキングとかいろんな究極の形があるだろうから、子連れアイスはほんの一例と思うけど、山ママの底力。行動してみてよかった。

この日、この形なら、お互いの都合が合致した。そこに「氷登りたい」という願望を叶えようと知恵を出し合って、子連れのリスクやどこまでやれるかを短時間で検討して、行ける!と判断。ベースキャンプを設置して、雪遊びグッズやおもちゃ、低体温にならないよう寝袋やマット類を持ち込んで、アイスの登攀具など重荷を担いだ。

集大成、と書いたのは、間違いなく積み重ねた経験があったから。母子ハイクはもちろんのこと、母子ボルダリング(5回以上行ってる)、雪中キャンプ、雪山遊び、そして親はアイスやクライミングの練習を重ねておく。体力も。こんな機会に氷点下のシャボン玉体験できたのはあゆこさんの知恵。

それにしても、母親がアイスクライミングしてても全く動じない子どもたちには正直驚いた(笑)なにも反応なし! 「お母さん、そんなことしたら怖いよ」とか「何してるの?」とか「お母さんすご~い」とか、一切ない! まじっすか~! オリンピック効果かな?(笑)こないだスキー場に連れてって「テレビでスキー見たでしょ?お母さんもできるんだよ」と話した。それから平野歩夢くんのスノーボードやくるくる回りまくるフィギュアスケート選手を見せて「こんな人がいるんだよ、普通の人間じゃないよねすごいよね」と話したりしたのと、母親のアイスクライミングは類似した光景かもしれない(=世の中には、危険だけど面白いスポーツがある)。ボルダリングに何度も連れてった経験から、「登って遊ぶ母ちゃんたち」に慣れてるのもありそう。

5時半に家を出て、9時半に乗鞍スキー場、10時10分出発、10時半に善五郎の滝、ベース設営、11時に1本目登攀開始~16時終了、撤収して歩き出せばものの15分で駐車地で、17時すぎに下山完了。すぐ近くの温泉に行って、そこのレストランで夕食。二人ともたくさん食べて満足して、帰りは起きずに寝続けていた。帰宅したのは23時とかだったと思うけど、連休の中日なのが幸い。楽しい女子旅となった!

イグルー制作合宿 2022 with イグルスキー米山さん

3月5日(土)~6日(日)
参加してみたい人、募集中
@乗鞍スノーリゾートの上

突然ですが、イグルスキー米山さん(米山 悟さん、NHKカメラマン)にお願いして、イグルー講習をしてもらえることになりました。ツアーや主催者のいる講習ではなく個人山行の延長で、幹事が私。

イグルーは、イヌイットの家みたいな、雪のブロックでつくる最小限の仮設の居住空間で、実践的な雪山の技術として近年見直され、注目されています。米山さんは北大山岳部出身で、部で伝承されてきたイグルー技術の普及に尽力されています。『冒険登山のすすめ~最低限の装備で自然を楽しむ~』の著者でもいらっしゃいます。イグルーについて取材してみたいなぁと思い問い合わせると、コロナで講習が中止になったと。そこで、もし私が企画したら、米山さんがのってくださることになりました。直接指導してもらえる滅多にない機会が、いきなりやってきました。

難しい雪山には行かず、スキー場のリフトトップの周囲で制作合宿をします。とはいえ安全管理などに配慮すると、マリベあるいは米山さんと何らかつながりのある方(この投稿を読んでる方はもちろん)を中心にお誘いしていきます。この人が参加したいって!という熱烈な推薦は、歓迎しますので、そんな人もご連絡ください~。ゆくゆくは子どもたちとイグルー建築デザインWSとか、どうですかね?(笑)

ねらい

・雪山の技術としてイグルーを学ぼう

オプションでこんな動機もあり?

・イグルーの建築プロセス、空間を体験したい
・親子でかまくらならぬイグルーづくりして泊まってみたい
・米山さんに会いたい

テントよりも雪洞よりも、いろんな面からイグルーは優秀なんですって。もしもの退避シェルターに応用するとか、超長距離縦走するとか、経験があればより安全で楽しい登山ができちゃうかもしれないんですって~~~。興味のあるかたはご検討ください、ぜひぜひ。

7年ぶりのアイス

年始は、アイス をやらせてもらってきました。7年ぶり(笑)

冬型の気圧配置となっていた1月4日のことです。駒ケ根ICから近い野猿の岩場に行ったらまさかの凍っておらず(過去に正月で十分凍っていたときがあったのに!)、確かに気温も0度くらいで凍えるほど寒くもない。

どうすると相談して、ええいと濁河温泉まで転戦。木曽福島スキー場から先はほんと真っ白で、なにせ標高1800mエリア、そりゃ駒ケ根とは違いますがな。13時に到着し、各自4~5本登り、16時半終了。チャオのゲートのお兄さんに聞くと18時に閉めるということだったので、慌てて戻るも、なかなかの降雪で、車が動かない?動いた!間に合う?間に合った!みたいなアクシデントもありつつ……帰宅は夜22時すぎ……

クライミングは歩きの山と違って、日頃からトレーニングを継続してこそ楽しめるもの。だから産後、なかなか復帰しづらいジャンルでした。ちょっとクライミングの基礎力アップが必要だと思って、先日は高木山でマルチやってきたのでありました。

沢や簡単な岩場のクライミングはこの1年でずいぶん触る機会を増やせたので、緩傾斜は問題なさそうです。バーチカルをやるかどうかですね。

高木山の岩場で山ママ活動

あけましておめでとうございます! 言い訳ですが年賀状は昨日投函しました…………orz

年始の山ママ活動で、初めて岐阜の美濃加茂にある「高木山の岩場」に行ってきました。行き先に迷っていたら、尊敬するレジェンド沢ヤのがおろさんが、その日は一人で開拓されていると聞き、あわよくば案内してもらえるかも!?と、出かけてきました。

すばらしい。チャートで脆いことだけ注意すれば、これだけの規模かつこれだけのボルトが整備された岩場って、ゲレンデとして挙げるなら東海圏でピカイチでは。ボルトの数が多いので、相当なお金が費やされて、地元山岳会が大切に育てた岩場だと思った。まだ全容を見られていないけど、フリークライマーよりも山屋に適する、じつに自分向きだと思った。入山料支払っていいくらいと思ったけど、あくまで私有地だからそういうわけにもいかないのだろう。

早朝から活動したかったので、かずちゃんと8時待ち合わせ。周囲は霜がおりている。寒いけど、上下ともに2枚着て、ベストを着ればなんとか。8時40分にアプローチほぼゼロで北尾根の末端から登攀開始。

二人とも産後、ほとんどクライミングの練習はしていない。まだ岩や沢に行っている私がオールリードのつもりで。「ビレイと、懸垂下降はできるよね!」と確認して、「だめなら残置して懸垂しよ~」。でも予想してた通り、北尾根は易しい岩稜で、各ピッチに3~5m程度、2級程度の岩登りがあるくらいだった。40mに足りないロープというのもあるし、傾斜がないので摩擦で全然流れなくて、20~30mで頻繁にピッチを切った。8ピッチくらい登った。ロープワークの練習になった(笑)

ピンクテープのあるところに出て、終わったことを認識し、休憩タイム。高木山の山頂にはいつでも行けるので、今日は踏み跡を、別の岩場に向けて下降していった。

すると、すごいな、あっちもこっちも見晴らしのいい岩場の連続! 南稜という尾根に来たようだ。上のテラス(南壁の頭)から下のテラスまで来ると、気になる誰かの残置……。がおろさんじゃないかな? そこからは階段状に大きなスラブを見下ろしていて、その基部まできて、急な側面をのぞき込むと、がおろさんがロープにぶら下がっていた! 会話するには遠い。

時間的にどうしようかとかずちゃんと相談。このスラブが南稜の4ピッチのうちの2ピッチ目と3ピッチ目だろうと考えて、登ってみた。高度感があり、岩登りしてる~って感じだった。今回は真ん中を登ったけど、左右にもボルトがあった。テラスでビレイしていると、がおろさんが別の方向から上がってきた。風が強くなり寒くなってきたので、切り上げるそうだ。がおろさんは、南稜バットレスに2本のルートを整備しているそう。ちなみにこの岩場をメインで整備されているのは、別の山岳会の方。

すぐとなりの岩尾根エリアと呼ばれる岩壁には、20?本くらいの短いルートも設定されている。岩が脆いので少し心配だけど、フリークライミングが楽しめるそうだ。末端にNPの5.5~5.7くらいの快適そうな課題もあって、次回はそこ行ってみたい。せめて5.8くらいOSできるようになりたいと思うマリベなのであった。

家から1時間くらいでこのスケール。すごく楽しかった~!

南沢山~横川山(湯舟沢山)

サッと雲が晴れて、ワー!って思わず声上げてかけだすような山は、久々でした。どん欲に天気を吟味していったかいがありました。

稜線で気持ちよく晴れたのは、10時まで。私たちはそのギリギリ、30分くらいに間に合いました。登りたったの2時間。山ガールに人気の、雪山入門コース。そりゃ、人気だわ!!!!! 納得するしかない。

※写真補正ゼロで、これ!素材がよければ、写真の腕も高性能なカメラもいらんのか!

秋の紅葉クライミング

子どもを連れて秋の紅葉クライミング🍁

・フクベ上流エリア(母子3組で)
・恵那笠置里エリア(母子2組で)
・恵那笠置電波塔尾根エリア(母子2組で)

パパのいない休日。山好きなお母さんが、一人では子どもを持て余して、一緒に連れ出して遊ぼー!っていうのは賢い選択でして。岩触って遊んでるだけでも、1日いればなにかしら得るものがある〜

もともと初心者グレードしか登れてなかったから、8年ぶりに来ても登れる課題はさして変わらなかった(笑)ある意味衰えてないw

写真にいる奥の赤ちゃん連れママさんはなんと初段登ってきたんだって!(私が登れるのが全力ガチでせいぜい5級、ウソです盛りました、7級笑)できる母はブランクとか関係ないのね!カッコイイわ❣️他にも子連れ夫婦がいて、子どもいても登りにくる親は少なくないと見た。

里エリアのチャイルドロックって岩は息子2歳も登れた。このところ山遊びに消極的で泣かれることが多いけど、しばらく付き合ってくれるといいな〜。娘5歳は小2の友達とSwitchやってテントから出てこない🤣

明神洞、再訪

目的は古道調査で杉山さんは3回目。

今回は岩窟に建立された岩井堂(拝殿)に到る、村人が往来したであろう道を踏査した。新たにとむさんにも仲間になってもらった。

プロジェクトの趣旨をおさらいすると、

・明神洞という険しい谷のただなかに岩井堂(明神社)があるが、徒歩で行くことは不可能。急な藪尾根や滝の数々を越えなければ見ることもできない
・江戸時代には岩井堂があり、明神大神が祀ってあった。一説によると1200年前から…と書かれているが怪しい。500年前という記述もある
・岩井堂には戦後まで雨乞いなどの霊験にあやかる神事で里の人が来ていたが、山での生活が厳しくなり離村する人が増え、ダム建設で環境が大きく変わったことがだめ押しとなり、平成になると村人の往来は全く途絶えた
・現在、岩井堂の拝殿は残るが、「道」は忘れられてしまった。古老に聞き取りをしたり、今回の踏査などをしたりして、歴史を掘り起こそうとしている
・現存する拝殿は、昭和56年の写真にも写っている。現地にある石碑には昭和初期の年月で富田金明(金明行者)により建立となっているが不明なことが多い

同行のとむさんは、明神洞から下流にある下大須の出身。下大須には「平木さん」が多く、岩井堂の雨乞い神事の際に先達(せんだつ)として案内に立ったらしい。とむさんも平木。今は亡くなられたお父様やおじい様が、かつて岩井堂に行ったことが現実にあったかもしれず、まさにファミリーヒストリー!

さて、本題。3人で、昭和56年の本の記述を元に考えられるルンゼから尾根を登った。黒く変色したロープや赤布があったのでおそらくビンゴ。慎重に最後の岩壁を登ると、明神洞を見下ろす尾根に立つことができた。岩盤でできたリッジで、すばらしい眺望だった。そして本に書かれた通り、岩井堂を真下に遠望できた。

しかしそこからが問題だった。記述の通りに谷に下降して登り返してみたが、一般の人にはまるで無理だろうという内容だった。下降ルートが違う?と思い、別の尾根、別のルンゼも検討はしたものの、記述や地形と照らし合わせるとやはりここ。周囲は大岩壁の立ち上がる壮絶なゴルジュであって、たまたま岩壁を短い高低差で乗り越せる弱点が、岩井堂から直線距離で50mくらいの地点にあるのだ。正解である可能性が相当高い。

この厳しい登下降がかつての村人の道だったならば、私たちは村人が岩井堂に向かう覚悟を「舐めていた」!

正直、普通の人が努力すれば行けるルートなら、自分たちなら余裕だろうと思っていた。登攀具があって山慣れもしている。それが、全然余裕じゃない。けっこう、いや、マジで危険なレベル。岩がチャートでとにかく脆い。今回も落石するシーンが3回はあった。二足歩行できる場所がほぼないので、岩か灌木を頼らないとならないのに、岩はボロボロ剥がれるわ、枯れ木は頼りないわ、苔は滑るわ……

明神洞からの登り返しはアルパインクライミングの世界だった。ちょっと下降ポイント間違えた気がするけど、それにしたって。

雨乞い神事、霊験にすがるというのは、命を危険にさらすくらいの覚悟だったのか。三人とも脂汗浮かべながら、岩井堂を往復した。落石くらわなくてよかった……外道クライマーに大概しごかれててよかった……

明神洞への下降ポイントは、やっぱりちょっと腑に落ちない。ムリすぎる。そこから赤布がなくなるのも「?」。リッジを上へ移動して、他の可能性がないかまた探りたいな……って何回明神洞に行くんだろ!(笑)

この週末はとても暖かく、絶好の沢日和だった。調査は続く!

「明神洞」に行ってきました

奥美濃の秘境ともいえる「明神洞」に行ってきました。本巣市の杉山さんと2人です。洞というのはこのあたりの切れ込んだ谷を指すようです。

以下、事の経緯を記録しますので長文。

明神洞はかなり特別です。まず入口に15mの明神滝が門番のようにそびえたち、その先には狭く左右に曲がりくねった回廊が続き、側壁は高いところで目視100mにもなるV字の渓谷。普通、中を見ることすら叶いません。周辺の沢と全く異なる渓相、なぜこの明神洞だけこうなのか。ごく限られた人しか入れない場所なので、実際よくわからないことが多い気がします。

こんな特異な谷のなかに、修験者の祠があります。一体どうやって入ったんでしょう……。巨大な岩室の中に石組の祭壇があり、地元では「岩井堂」と呼ばれているそうです。昭和50年代まで実際に人が尾根を乗越して、雨ごいの神事のために来ていたと。

杉山さんは、ウェブ上の遡行者の写真から岩井堂の様子を見ていたわけですが、みずからも岩井堂の歴史や文化を記録したいと、まず古老に話を聞いたり残された書物で調べたりされていました。

そして8月、単独で、目をつけていた藪尾根から山を一つ越えて明神洞の安全圏である上流に入ったわけです。しかしすぐにゴルジュと滝に阻まれて、再び藪を漕いで引き返しました。もう一度ここへ来ることはあるのだろうかという絶望感がにじみ出ていて、「岩井堂への下降路は完全に違っていたことだけは収穫」と書かれていました。

私は杉山さんの大胆な行動に心底驚きました。少なからず明神洞のことを知っていたので、普段沢登りをしない方が、ましてや明神洞を単独では危険。無茶といっても(失礼ながら)仕方ない。でも本気だから可能性にかけて行くんですよね。だったら、私が手伝いたい。自分が同行し、下降なら行けるかもしれない。と思ってしまった。ただ人の手を借りてでも岩井堂を見たいかは分からないし、私がお役に立てる確証もない。言い出すか迷いました。

宮城さんに迷っていることを話すと、頼まれたと思ったようでそれはガイド案件(5万)と言われ、いや、勝手に私が杉山さんを手伝いたいと思っただけで、明神洞が課題なのは私も同じだと覚悟します。今年行くなら季節がギリギリなので、すぐ杉山さんに連絡し、9月25日に挑戦することに。

杉山さんいわく「初老とママさんコンビ」。とにかく安全第一。杉山さんは私に絶対ケガさせられないと相当気負っていらして、また私の方も明神滝を登らないとしても難渓であり、誰かに頼って登らせてもらう山行ではないので、今回ばかりはつぶさに遡行記録をチェックしました。

ところが調べれば調べるほど恐ろしくなる(笑)知れば知るほどヒリヒリする谷で、行く2日前は夜眠れないほど(笑)

でも結果的には、最初に感じた「行ける可能性が十分ある」と思った通りで、大きな成功要因となったのは、私の予想以上に杉山さんが岩登りやロープの扱いに慣れていたことでした。なので、ほぼすべての滝で杉山さんが先頭に立ってリードしてくださり、私はのんびりと安心して後ろからついていく形でした。

念願の岩井堂はちゃんとありました!

高巻き、クライムダウン、懸垂下降、泳ぎをしながら、計画よりも2時間オーバーしましたが、着実に明神洞を下降。しかし最後の15m明神滝だけは、懸垂下降をミスした人物は死にます。絶対に間違いなくセットして、下りる。全行程でここが一番死んでもおかしくないと冷静に自分を見つめました。

行く前は、杉山さんについていくのを理由に明神洞を見たいだけだったけれど、遡行して内部の景観を見たり滝を攻略していったりするにつれ、何かすごい現場に居合わせているという気持ちが強くなりました。地元本巣には修験の山が3つあるそうです。その一つが明神山。地元で暮らす杉山さんが岩井堂を参拝したということが、言葉がうまく選べませんが、すごくいい話じゃないかなって。