私が所属している山岳会は、今は活動的とはいえない幽霊部員の集まりのような雰囲気(語弊があってもあえて書く)になってしまいましたが、約15年前の全盛期は意表を突くような記録を立て続けに発表する中部地区では前衛的・野性的な会でした。私がなぜそれを知ることができるかといえば、当時の会員が詳細な記録を紙に残し、年報という形で後世に残してきたからです。その情熱、時間、お金はいかほどだったのか。
こんな記録がありました。「平瀬(白川郷付近の温泉町)まで山に行きたいが、パートナーが見つからないから単独で行くつもり。でも平瀬までの運転に自信がないから温泉旅行を口実に妻を誘って行くことにした。前夜に平瀬入りして車中泊。早朝から自分は山に向かい、夕刻民宿に戻って泊まる。翌日は朝3時に出発して、夕刻に下山、車中で本を読みながら眠そうに待つ妻のもとに帰った」という。この「妻」、なんと妊娠7か月ですよ!!
先週末は、この2001年の“温泉旅行”で上記の彼が単身で出かけた平瀬尾根の北東稜と名付けられたところを登ってきました。同行した、当時から在籍している先輩に読んだことを伝えたら、「彼だけじゃなく、みんなそうだった」とアッサリした回答。そりゃないでしょ!といいたくなる山男の正常ならざる熱意。それが記録になって残っているから、今再びこのエリアに光を当てられるし、学べる。旅行ガイド的な登攀ルート集も好きだけど、教科書は、年報のこんなぶっ飛んだ記録たちかもしれない。聞いたことのない山や谷の名前が出てくることも多い。
写真は、北東稜のなめらかなノントレースのナイフリッジに感動して、何度も行き来してしまっている私を撮ってもらいました。ここ、2001年以来、誰か登ったのだろうか? あえてなぜここと思われるような冴えない尾根かもしれません。だからいいともいえます。“教科書”には、そんなヒントが宝の地図のように眠っているのです。それで、山の方は盛り上がっているのですが、ここ1か月日常的な創作(仕事ともいえる)のほうがスランプでして。脱するヒント、見つからないかなぁ。
