子どもと建築|発表交流会が終わった

 故郷の名古屋に戻って3年目、何だかんだで建築や都市といった人工環境がテーマの集まりに片足をつっこんでいます。この週末、準備してきた子ども建築の発表交流会が終わった。北は仙台、南は九州からの参加がありました。
 環境教育をテーマにしたフォーラムは何を目指しどうあるべきなのか。今回とくに良かった一つが、やはり実際に行ったWS。見ている大人も学ぶことができた。実施団体は遠方からの参加にも関わらず「やるとなったら妥協はしない!」の精神で、実行委員会のゆるいお願いを受けて、頭が下がるような素晴らしいWSをしてくださった。「発表するよりWSした方が伝わる」なんていう団体もいて、それは本当にそうかもしれない。もう一つが、夜の懇親会の盛り上がりが想像を超えていたこと(笑)当日に参加者の発表などを見聞きしていたからこその大宴会になった。
 田口さんと2人反省会をして、発表というと手法や成果の報告が多くなってしまうけれど、「それによって何かをこう変えたい」とか「こうあるべきなのに解決されていない」という理念や動機ももっと知りたいということを話した。難しいけれど、概念的だからこそ分野をまたいで共通の話題ができる。また活動やその人を深く知ることができると思う。
 話は変わるが、私は学生の頃、各実施団体や所属する組織などを「体系化したい」なんて思って論文を書いていた。しかしそれらは違って当然だということに今改めて気づいている。私は最初に「違っている」という認識が足りなかった。全体に位置づけて見渡したいなんて思うのは、研究者の妄想で、当然異なっていて、それは立場によっては正しい解決策であり、一方で正しくない部分があり、共感できることもあれば、相容れない部分も絶対にある。どんな分野にも「あの先生とあの先生は仲良くない」とかがあって、それはある意味正しくて、学術的専門的なことだからこそ「批判し合って当然」。もちろん批判というと聞こえが悪くて、「評価」などの言葉がいいかもしれない。いずれにせよ「互いの活動を批判する・評価し合う文化」は、子ども建築の分野にはあまりない。
 各団体がプライドを持っている――私の活動とあちらの活動は一緒にしないでほしいといったような、こだわっている部分を知り、異なる立場から話し合う。そんなフォーラムは……うーん、やっぱりちょっと攻撃的すぎるかな? 発表交流会をサポートしながら、時々脳内は学生時代にタイムスリップしてしまうマリベでした。皆さん、おつかれさまでした!